7 years in INDIA


Vol-1 まずは、ご挨拶          

 始めまして。私、野々上健司といいます。
上のタイトルにあるようにインドで、7年間留学していました。ここでは、 僕がその7年間に感じた事や、旅行した時のことなど書いて行こうと思っています。今回は僕が行っていた大学のことを書きます。

 カルカッタから北に特急で2時間30分のシヤンティニケタンという所に、僕の行っていたヴィシュバ バラティーという大学があります。
 アジアで初めてノーベル賞(1913年文学賞)を受賞したタゴールが1901年に生徒5人と始めた学校が、1921年にインドでも数少ない国立の大学になったものです。僕はそこの美術学部にいました。
Vol-2  今回は、大学の在るシャンティニケタンについて書きます。シャンティニケタンのシャンティとは、サンスクリット語で、静寂や、平和などと言う意味で、ニケタンは、庭や園という意味だそうです。インドでも数少ない国立大学の1つで、とくに美術学部や音楽学部は国内でもトップクラスと言われています。また文化人類学や哲学部、農学部にもインド全土から学びに学生が来ます。基本的に付属幼稚園から修士過程の学生まで寮でみんなといしょに暮らすのが最大の特徴です。タゴールは、教育者としても有名で、留学生も数多くいます。多い順にバングラディシユ、韓国、日本という感じで、アジアの人が多く来ています。
Vol-3  今回は、ベンガル料理について書きます。あまり知られている料理とは言えませんが全インドの中でも、比較的マイルドで、食べやすさが特長といえます。
 ベンガル人は川魚や、池の魚が好きで、観光地では、ベンガル人のために川魚を置くレストランもあります。一番ポピュラーな魚は「ルイ」といって鯉に似た味です。朝早くから漁師が池や川に行き網で取って市場や人通りの多い道に行き商売をします。買ってきたそれに、ターメリックをまぶし油で揚げたものをカレーに入れた物がベンガルの家庭のごちそうであり欠かせないものです。
Vol-4  今回はインドの鉄道についてお話します。
 有名な話ですが、インドの電車は、とても安く庶民的ですが10時間遅れなどは、良くある話です。しかし、最近就任した新しい大臣の働きにより、遅れも少なくなりより快適な旅行ができる事になりました。電車走行中は車内に物売りや、芸人、バウルなどの名前で知られる吟遊詩人なども乗ってきて過ぎて行く広大な風景と共に旅をする人達を飽きさせません。
 インドの超特急として知られるラージダニ(首都の意味)や、
砂漠を走る豪華なデザートクィーンなど一般市民とは縁の無い電車もあります。
Vol-5  インドの路上では、色々な動物を見ることが出来ます。
有名なのはウシです。日本のウシの様に太った牛ではなく骨と皮だけのウシです。体格が良くて黒いのは水牛です。 暑い日には池などに入っているのをよく見かけます。
ヤギもよく見る動物です。小さい時にはピョンピョン跳ねてそれは可愛らしいものですが、大人になるとふてぶてしくなり、バイクで近ずいても、そばに寄らなければ逃げる様子もありません。バイクや車に乗っていると、田舎道で動物が寝ていて通れなくなった道がよくあります。
 ウシはあれで頭は結構良い顔をしています。よだれは垂らしてますけど。
Vol-6  今回、1年ぶりにインドに行ってきました。
たった一年間ですが、インドの経済発展は目覚しく大都市では携帯電話も珍しくなくなりました。システムはイタリアなどと同じのカード式が主流のようです。
 パソコンの広告は毎日新聞に載っていますが、あまりの安さによく見るとCDドライブが付いてなかったり、などという事はよくあります。ただIT=インドと言うのは言いすぎかも知れませんが最近は奨学金をもっらて、アメリカに行って卒業後はそこに住んでしまう、というケースが多く、新聞の花嫁花婿募集の項に(毎週日曜日にどこの新聞にもあります。)当方アメリカ在住というのを見かけるようになりました。
Vol-7  今回はリクエストがありまして、インドでの生活で、面白かった事など書きます。
 私はベンガル語の勉強の為にベンガル語のニュースを見ていたのですけれども、アナウンサーが見るたびに違うんですよ。色々な人がいまして、1度本当に素人と言うか、がちがちに緊張した人が出てきて、「明日は雨ですが、どのくらい降るかはわかりません。」「北部は雨が降るかわかりません。」など変わった天気予報している人がいました。
 インドは宗教的にマリファナの喫煙が認められる場所もあるぐらいオープンなのですが、長い事吸っていると抵抗力ができて、幾ら吸っても効かなくなるのだそうです。私の友達の1人(厳密に言うと友達のお父さん)もそんな人で、ある日カルカッタでコブラに噛まれに行ってました。効くのだそうです。
インドは意外に(?)変な人が多いです。次回もこの続きを書きます。また、今回みたいにリクエストもお待ちしております。
Vol-8  タイでは、蛇とインド人に会ったなら、先にインド人を殴れと言うそうですが、日本人は以外とインド人の事を好きみたいな気がします。 僕は、インド象の存在は日本人のインド好きを助けているんじゃないかなと、思っています。
 インドには、サーカス団が幾つもありますが、だいたい何処のサーカスにも象はいるようです。見世物は逆立ちですね。
93年の冬でしたけど、カルカッタに象の大群が向かっていると言ったニュースが毎日のように新聞に載っていました。象が入ってくれば大パニックに陥るわけで、色々試したけどらちがあかない。最後にサーカスの象使いが、追い返したそうです。 そう言えばある日学校からの帰り、狭い道をトラックが走っていてバイクで追い越したいけど追い越す事が出来ずに困っていて、ほっと荷台を見たら象が乗っていたと言うことがありましたね。
Vol-9  「ミモラ〜心のままに」と言うインド映画が公開されていますね。
 主演のアイシュワリヤー・ロイは94年度のミスワールドです。 同年、ミスユニバースはシシュミタ・センと言うインド人の 女性で、この年はインド人のミスコン熱が一番熱かった時期だと 思います。その後、何人ものミスワールド(何故か、ミスワールドの方が人気のようで、98年(?)にはマドラスで開催されました。)がインドから産まれるのですが一番は、アイシュワリヤー・ロイでしょう。
1999年のfilmfear awerdの主演女優賞にミモラと、TAAL(リズム)でノミネートされ、ミモラで見事獲得しました。以前は、ミスコン出の女優は成功しないといわれていたので、ある意味快挙だと思いました。
演技はワンパターン(当時は)でしたが、踊りが素晴らしく、技とセクシーが兼ね備わった踊りでした。(踊りはミモラよりも音楽に恵まれたTAALの方が素晴らしいと思います。ちなみに笑える場所もTAALに軍配が上がります。)ミモラは、踊るマハラジャなどよりもストーリー的にしっかりしていて私的には感動の嵐でした。日本では一部の映画館でしか上映しないようなので、もしビデオのレンタルが始まりましたら、ハンカチを片手にお楽しみ下さい。
Vol-10 インド映画と海外ロケ

 前回お話した「ミモラ」は後半のほとんどの部分がイタリアロケなんですが、私がインドに住み始めた93年の時点では海外ロケは、ほとんど行われていませんでした。95年にそこそこヒットした「プレーム(愛)」と言う映画は、全アンダマン諸島(インドと、タイの中間にある)のロケでした。それで火がついたのか、インドの経済発展と規制緩和のせいか、海外ロケが始まります。大半は歌のシーンのみですが大作になると半分は海外ロケですね。国で言うとスイスが圧倒的に多いです。スイスの山並みの小さな町(いつも同じ街?)で、観光客が色物を見るような目つきで見守る中、インドの女優、俳優が踊りまくるわけです。
ボクが他に見たことあるのは、イタリア、オーストラリア、アメリカ、イギリスそして日本です。

 最近も日本(名古屋)で撮影された映画がありましたが、60年代に「ラブ・イン・トーキョー」と言う映画が公開され、大ヒットしました。その名の通り日本ロケです。その映画の代表的な歌が「さよならー」と繰り返す歌が有り、いまでも大半のインド人は日本がどこにあるか知らない人出も「日本からきた」と言えば歌ってくれるはずです。


Vol-11 ハリウッド映画

 世界一の映画生産量を誇るインドでも、ハリウッド映画はやってきます。昔は、軽いポルノのような、B,C級映画がほとんどでしたが、「スピード」を上映する時に、スポンサーがついて、日本より、半年遅れで(その当時は、驚異的な速さでした)上映して以来,世界標準より、少し遅れぐらいで、見られるようになりました。

 僕が、見た限り、カルカッタでヒットした洋画ベスト3は、タイタニック、アナコンダ(パニック映画)そしてスピーシーズ(SFポルノ)です。タイタニック意外はやっぱり、B級映画ですね。
田舎の方には、ハリウッド映画のヒンディー語吹替え版がやってきます。僕はスターウォーズエピソード1や、007をヒンディー語で見ました。007と言えば、オクトパシーと言う映画は、インドで撮影されたのですが、その映画の中で、敵の秘密基地だった、ホテルのある町では、旅行者に数軒のレストランで、2日に1日、ビデオ上映会がありました。ちなみに、それを上映しない日は、どのレストランでも、当時2年ぐらい前に流行った、パルプフィクションを上映していたようです。(更新日 2003/09/01)

Vol-12 インドは、世界でも最も鉄道網が発達した国の一つです。タイ人の友達が、好きなインド人の男に会いにほぼ3日かけてバンガロールと言う場所に行ったのですが、彼がよりロマンチックな衝撃を受けるようにと願い、寝台車両のチケットは取らず、どんな長距離列車にも1両だけある、予約無しで、乗れる車両で行ったそうです。そこは、100人掛けの車両に3倍以上の人が乗り込む密集地帯、生き馬の目を抜く世界だったそうです。トイレも満足に行けない状態が続く、南インド行きの電車内は阿鼻叫喚だったでしょう。肝心のインド人の彼は、彼女から、その話を聞いてもリアクション無しだったそうです。それが、普通のインド人の旅だからです。

私は、カルカッタから、大学に帰る電車がすきで、夕方のカルカッタを出た電車が、裸電球の街を抜け、ランタンが灯る村を抜け、漆黒の長い林を抜け、最後に蛍光灯が、夜道を照らす、我が街が見えて来た時は、1時間ぐらいの到着遅れの疲れを一気に吹き飛ばす嬉しい時間です。
(更新日 2004/01/19)

次回に続く...

最終更新日 2005/01/19


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